結婚は一瞬で
「ごはんを食べている」「財布が落ちている」、この二つの文にはどちらにも「ている」が入っている
(あ、ここにも「ている」が)。
これを動詞の「テイル形」と呼ぶ。この二つの「ている」は、かたちこそ同じだが、意味するところは同じではない。
「ごはんを食べている」といえば、料理の入った皿があり、箸を持ち、もぐもぐやっているところを想像するだろう。
しかし、「財布が落ちている」といっても、バッグから、あるいはポケットから、財布が地面に向かってダイビングするところを想像する人はいない。
財布は地面に静かに横たわっているはずである。
これは「食べる」と「落ちる」の、動詞のタイプが違うことから説明できる。
「落ちる」のほうは、従来「瞬間動詞」と呼ばれている。
なるほど、財布が落ちるのは一瞬である。 「椅子に座っている」、これを説明するとき、ゆーっくり椅子に座ってみせる(「膝が痛い」とか言ってみる)。
だいたい爆笑される。これで、「座っている」の「ている」が「落ちている」の「ている」と同じグループであることが理解される。
「立っている」も同様、逆の動作をしてみせる。
またウケる。わかってもらえるのはいいのだが、教育とは体を使うものである。
この「瞬間動詞」だが、この用語ではわかりにくいものもある。
「花が咲いている」の「咲く」も瞬間動詞。
つぼみからパカッと一瞬で花が開くのだろうか、見たことがないからわからない。
「彼は結婚している」の「結婚する」も瞬間動詞。
「瞬間どころか、一年間動詞だよ」とか、「十年経っても完了しない動詞」とか突っ込みたくなりませんか。
学生も、「負け犬の人の結婚も瞬間ですか」などと言い出す
(どうして「負け犬」を知っているのだ・・・)。
最近はほかの用語を使うようにもなってきたが、日本語教育ではまだまだ「瞬間動詞」ということばが使われている。
まだしばらくは、「瞬間」をネタに学生との楽しいやりとりができるだろう。
BY ペンネーム かおり
日本語学校勤務、
ボランティアも含めると10年以上日本語教育に携わっている。



