連濁、あるいはテンテンの魔物
外国人の中には、日本に住んでいて、いつの間にか日本語を覚えてしまう人もいる。
それは悪いことではないが、微妙に間違っていることもある。
日本に6年住んでいて、一見日本語ペラペラのアメリカ人はこう言う、「カードはバコに入ってる」。
彼はまず、「ゴミ」と「ゴミ箱」を覚えたのだろう。
「ゴミ+バコ=ゴミバコ」、だからゴミの入っているアレはバコだ。
彼の考え方は論理的である。
しかし日本語には、連濁という魔物がそこかしこに潜んでいるのである。
連濁とは、2つ以上のことばがくっついて一つのことばになったとき、後ろのことばの頭が濁音、つまりテンテンのつく音になること。
これが実は厳密なルールがよくわからない現象で、そのくせそこら中にいくらでもある。
「生魚」は「なまざかな」ですよね、では「生椎茸」は?
ナマジイタケといいますか?
生活言語から日本語を覚えた非母語話者が「バコ」を覚えたのは無理からぬことであるが(ほかにも「バナシ」がある。
「昔話」「長話」などで覚えたのだろう)、日本語学校で日本語を習っても大差はないのだ、困ったことに。
日本語の教科書は文法が中心で、こういう音の変化については記述がない。
カリキュラムにないから、教わらないのだ。
先日、初級がもうすぐ終わるクラスで漢字を教えたとき、「人口」ということばが出てきて、「口」の読み方を学生に聞いたら、「ぐち~」と言うのである。
「山口組のぐち~」と(どうして山口組を知っているのだ・・・)。
そこで、「山」と「口」がくっついているから「ぐち」になるのだ、という話をしたが、これもこういう発言が授業中に出てきて、教師が拾い上げたから教えることができたのであって、もともと教える予定には入っていなかった。
日本語教育の方法論はまだまだ開発途上である。
いやしかし、連濁は日本語教師にとって魔物そのもの。
今日もまた、「大通り」はオオドオリなのに「札幌大橋」はオオバシにならないのはなぜだ・・・などと考えつつ石狩川を渡る(イシカリカワではない!)のであった。
BY ペンネーム かおり
日本語学校勤務、
ボランティアも含めると10年以上日本語教育に携わっている。



