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vol.84 番長先生の贈りモノ

こんにちは。マイペース学習会とAction & Realizeの えびなです。
え〜何故か「番長先生」と呼ばれていますが、戸籍上の性別は【女】です。しかし、どちらかと言えば「母性愛」よりも「父性愛」の方が強いだろうなぁ〜と自分でも思ってしまいます。笑

今日は、私が何故「マイペース学習会」を作ったのか…をお話ししたいと思います。
マイペース学習会は平成6年に設立したのですが、当時 私は医療系の会社に勤めていました。
会社勤めをして6年が過ぎ、ある程度 社内での仕事もこなせるようになってきたころです。
そんな日常で出来たちょっとした余裕からか…自分の中で 職業を選択したときの「想い」が再び蘇ってきたのです。

大学で選択したのは「薬学部」
本当にぎりぎりまで教員になるか やめるか…で悩んでいました。
結局、教員の道はやめたのですが、その理由が「今の学校教育では 子ども達と向き合うよりも それ以外の仕事が多い」という現実を知ったからでした。
教員になるからには【子どもと真剣に向かい合いたい】
それができないのであれば、教員になる必要はない。
…ある意味、短絡的ですけどね。苦笑
若かった……と一言ですませてしまいましょう!笑

教員になるのはやめましたけれど、学生時代のアルバイトは【家庭教師オンリー】
今思えば、あの程度でバイト代をいただいていたのが申し訳ない気持ちもあるのですが、本人としては一生懸命 中学生や高校生と向かい合っていました。
延べにして20人以上を教えました。
そして、会社勤めをするようになってからも、Z会の添削員もしていたり…と どこか「教える部分」から離れないでいたのです。

そして……ついに「子ども達と真剣に向き合いたい」という気持ちを抑えられなくなったのです。
平成5年…学習会を作る前の年です……教育産業に転職を考えました。
札幌市内、ほとんどの大手の学習塾には「問い合わせ」「面接」などに行きました。
中小の私塾関連もいくつかお邪魔させていただきました。

けれども…そこに待っていたのは……
「女性講師はとらない」「女性講師は幼児・小学生のみ」という性別の壁
「教える内容は別にどうでも良いのです。生徒をやめさせない努力をしてください」というポリシーの違い でした。

正直、教育産業という業界にがっかりしたことを 今でも鮮明に覚えています。
(勿論、企業として「経営」が大切なことはわかりますけどね。笑)

そこで 考えました。
自分は29才。そろそろお母様達と対等にお話ができるのではないか?
若造は若造だけれども、頼りなく見える年齢は通り過ぎただろう。
自分が「したいこと」をすることができるフィールドがないのであれば、自分で作ってしまえばいい!!!!!!!

真っ正面から 子ども達と組み合える場所
その子、その子の現状と目標にあった方法を選べる場所
ひとりひとりに きちんと向き合える場所
頑張りたい、頑張ってみよう…そう思ったときに「いつでも」「どこまででも」戻って学習ができる場所
子ども達ひとりひとりが 自分自身にOKサインが出せるようになる場所

そんな場所を 自分の手で創り上げよう!
…こうして、平成6年2月「マイペース学習会」は誕生したのです。
今日のリンク先は…マイペース学習会

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